第1弾:ぼくが協力隊になりたかったのは、地図帳がフルカラーだったから

ついさっき、無印良品で買った折りたたみテーブルが届いたので、気分ルンルンで書いている。

さて、協力隊月間始めようと思います。

ぼくの人物像も知ってほしいので、自分のルーツなども織り交ぜながら、コロンビアや青年海外協力隊について知ってもらえたらと思います。

第1弾の今回は、自分のルーツを中心に、青年海外協力隊に関心を持った理由を紹介していきます。

 

社会の資料集がオールカラーだったから、世界に興味を持った子ども時代

小学生のころから社会の授業が好きで、社会や地理は小中高と得意科目だった。

小学生・中学生のころのことはあまり覚えていない。
でも、地理が1番好きだった。

なぜ、地理が好きだったか???

 

それは、地理の資料集だけフルカラーだったから!!!
この理由は大きい。

眺めているだけでワクワクできる、心が躍るツールだった。
だから、地理が好きだった。

「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、世界地図を眺めて、パナマ運河やスエズ運河など各地域に関する小コラムに目を通して「へぇ~」と思いながら、国の名前や首都の名前を覚えていた。
それ以来、うちのトイレは世界地図の壁紙に囲まれている。

土に興味を持ったのも、高校生のころの地理の授業だと思う。
高校で地理を選択すると、ポドゾルとかアリソルなど、土の色やその生成理由を勉強しなくてはいけなかった。
その地理の資料集のなかに、土の断面図があった。
断面図というのは文字通り、1mほどに土を掘って、その断面を写真で撮った写真のことで、その断面図を見るとたくさんの層が連なっていることがよくわかる。

それを見て、ぼくは土のおもしろさに惹かれていったのだと思う。
(実際に土に興味を持ったのは、大学のころのミミズとの出会いだが)

 

フルカラーの写真付きで勉強することは、子どもにとってとてもインパクトがあることだ。
子どもが鉛筆ではなく、色鉛筆でお絵かきをしたがる光景を見れば、どれほど「色彩」が子ども心をくすぐるのかがわかるだろう。

 

小学生のころの社会の資料集がフルカラーで良かった。

 

国際協力に惹かれたのは、高校卒業の3カ月前

地理が大好きだったぼくは、小中高と地球科学に興味を持った。

高校では地学を勉強したかったものの、履修生が足りず、生物と化学というつぶしの効く2教科を選択した。
高校2年~3年にかけて、宇宙に惹かれた僕は本気で宇宙飛行士を目指そうとしていたりしたのだが、今の時代宇宙飛行士になるには博士程度の専門性がいることを知り、「べつに、そんなに急がなくてもいっか」と高校卒業後の進路から自動的にフェードアウトしていった。
それでもなお宇宙に惹かれていた僕は、宇宙工学や地球惑星システムなど、惑星スケールの科学に興味を持っていた。

しかし、ぼくは物理を先行していなかった。笑

宇宙について勉強をしたいひとは、物理の世界で勉強しなくてはいけないのに、物理を先行していなかった。

だから、必然的に宇宙をあきらめた。
今思えば、その程度で諦めるのだから、宇宙に対して大した熱量はもっていなかったのだろう。

これ、高校3年の秋ぐらいの話である。笑
結構ギリギリまで、ぼくは宇宙を目指していた。
ちなみに、大学の後期受験は茨城大の地球惑星システムを受けに行った。
そのくらい直前まで、惑星スケールのことを勉強したかった。

 

でも、ある大学の1枚のパンフレットを見て、世界が変わった。

それが日本大学 生物資源科学部 国際地域開発学科 という学科だった。

ぼくは日大文理学部の理学の地球系の学科に興味を持っていたのだが、その日大のパンフレットのなかの生物資源科学部(農学部)のなかに、国際地域開発学科という学科の紹介があった。
すぐにその学科に興味を持ち、資料を取り寄せた。

私立ということもあり、受験日は遅く、2月受験だったと思う。
国際地域開発学科に決めてから、ぼくはそこに行くことに決めていた。
だから、茨城大の受験もほどほどに、受かる気もなく、水戸に受けに行ったのを今でも覚えている。

 

なぜ、この学科にピンときたのか

それは、【海外】と【農業】という2つの興味を両方満たしてくれる学科だったから。

 

宇宙を目指せなくなった次点で目指したもの、それはヨーロッパ(特になぜかフランス)に住みたいという憧れだった。
宇宙の次に遠い場所、それは海外である。
そこで、「将来フランス(先進国)に住むためには、途上国について知る必要がある」と思った。

この学科は、農業ベースで途上国や途上国の人たちを支援できるひとを育てるための学科。

だから、ぼくはその学科に進むことを簡単に決めた。
それまで高校の模試において、日大のその学科名を書いたことなどなかったし、直前のセンター利用もその学科に申し込まなかった。
それほど直前で舵を切ったということだ。

 

 

農業で自然や生命を感じながら、海外の途上国のことを知ることができる。
この2つは、地理が大好きだった僕にとって、とても魅力的な誘いだった。

 

青年海外協力隊に行くことを決めたのは、大学1年生

入学したあと、ぼくは柄にもなく、1番を目指し始めた。
それまで、波風立てぬモブキャラだったのだが、なにがきっかけだったのか、その学科では1番になりたかった。
高校3年の古文か漢文で、『鶏頭牛後』について勉強した後だったからだろう。

・その学科に行ったことも自分の意志。
・自分のやりたいことを学ぶことができる。

だから、勉強をしない理由がなかった。
勉強がおもしろかったのを覚えている。

大学1年のころは秋までバイトをしていなかったから、図書館で復習したり、図書館のDVDコーナーの映画をすぐに全部見終えた。
そのくらい図書館にいた。

 

それほどまでにやる気があったので、自分のビジョンが学科の思惑に沿って、途上国に向かうのも時間の問題だった。
国際地域開発学科は、簡単に説明すると、青年海外協力隊に行くような学生を育てる学科である。
国際協力に進むひとや国際人を育てる学科だった。

そのため、学科にはもちろん、研究室にも必ず協力隊OBOGがいた。
身近なところに協力隊OBOGがいると、不思議と【青年海外協力隊】が特別な存在ではなくなり、自分の進路のなかの一部に組み込まれてくる。
講義のなかにも、協力隊OBOGが話をしてくれる講義があった。

 

意識高い系だったぼくは、青年海外協力隊に行かない理由がなかった。
自分が青年海外協力隊に向いているか向いていないか、なれるかなれないかはべつにせよ、いま大学で学んでいることをきちんと完成させるためには協力隊として2年間活動して、それを区切りにしたかった。

そのため、18歳のころには、ぼくの進路のなかに青年海外協力隊があった。
とりわけ、どこのセミナーに足を運んだわけではなかった。1度も先輩隊員の経験を聴きに行ったことはなかった。
講義のときの話と、研究室に来る研究室OBOGかつ協力隊OBOGのひとの話を聴いていただけだった。
それで十分だった。

 

問題はいつ行くか。

 

こればかりは、研究室の指導教授に相談した。
なにせ、青年海外協力隊に何十人と学生を輩出している先生である。
聞けば、きちんと親身に教えてくれた。とても有難いことだった。

 

協力隊は院を修了した後に

青年海外協力隊は満20歳から、応募することができる。
ぼくのなかであった候補は2つ、大学院在学中(22~24歳)か大学院修了後(24歳)。

協力隊の参加を学生に勧める際、「新卒」の称号を失わないことが大切になる。
というのも、昨今の企業は新卒採用に力を入れているからだ。
大学在学中に行きたいのであれば、大学を卒業してから行くのではなく、大学に籍を残したまま、協力隊に2年行き、帰国後復学して、新卒の称号とともに就活に挑む。
これが一番、損をしない賢い協力隊参加である。(損得はひとそれぞれだが)

この戦法、大学院の修士課程でも同じである。
大学院の受験をする。合格をする。合格した後に、2年間協力隊に行きたい旨を伝え、協力隊から帰ってきてから研究活動をする。
そうすれば、新卒で就活に挑むことができる。

 

 

でも、ぼくは普通に修士を修了してから、協力隊に参加した。
そのため、帰国後の今、新卒ではない。第二新卒というようだ。

ぼくは大学3・4年時に、就職活動をしてこなかった。
就職する気はなく、大学院に進学することを決めていたから。
(結局帰国後も就活をしていなかったわけだが)
だから、新卒がどうとか、あまり興味がないし、いまも興味がない。
その「新卒」というカテゴリーが持つ強さも知らない。

そして、修士修了後に協力隊に参加するライフプランだったので、大学院でも就活はしていなかった。
就活をせずにのうのうと生きている。

だから、ときどき「社会にもまれてない感じがするね」と言われることがある。
見た目と言動で、わかるらしい。

 

 

青年海外協力隊を多く輩出する日大の学科の先生から聞いた、今でも心に残っている説得文句は、
「若いうちの2年間に途上国で生活して、活動していたということがどれほど贅沢な時間の使い方はもっと年を取ったときにわかるようになる。20代のうちの2年間と、40代以降の2年間では背負っているモノが違いすぎる。だから、可能性と自由がある今協力隊に挑戦してみるとこれからの人生の役に立つこと、多いと思うよ」

これは大学生に向けた話なので、読んでいる方によっては失礼にあたるかもしれないが、ぼくはこの言葉を聞いて、早いうちに行っておこうと背中を押された。
今でも覚えているくらいなのだから、心にとても深く刻まれた言葉なのだろう。

 

大卒ではなく、修士卒で協力隊に挑戦した理由

何度も、大学卒業後の22歳で参加することも検討した。
しかし、やはり大卒では専門技術や専門的な知識が弱い。
ぼくは、大卒で行かずに、修士卒で行ったことを正解だと思っている。
学問や学科、さらにはサークルなどの活動によって大きく変わってくると思うが、大学在籍時で学べることは一般的なことである。
そこで学んだ「一般的なこと」が通用する途上国もあれば、社会レベルが高まっている途上国では日本の一般的知識はすでに知っていたりするケースがある。
コロンビアの場合は、後者だ。

たとえば、ぼくがコロンビアで働いていたNGOに、大卒の学生が派遣されるとしよう。
かなりの高確率で、協力できる専門技術・知識がない。
というのも、カウンターパートや同僚たちの知識・技術レベルが高いからだ。
日本の大学で学べるような一般的な農業知識は有している。

協力隊の応募時には、3つの希望要請内容を記載することができるが、その3つに必ず行ける保証はない。
(言い方は悪いかもしれないが)一般知識のレベルの低い地域に応募していたのに、レベルの高い地域に派遣されてしまう可能性もあるわけだ。
こればかりは希望が通るか、通らないかは面接の感触やライバル応募者との競合になるから、何とも言えない。

 

協力隊に参加することを念頭に入れておけば、大学の卒業研究も「途上国で活きる研究」にすることができる。
ぼくのミミズコンポストの卒業研究はまさにそれだった。
修士生のころにミミズコンポストという技術にさらにアイデアを上乗せしていったが、その技術の根幹は大学2年生のころのものだ。
だから、結果論で言ってしまえば、大学卒業後すぐに行っても一応ある程度の活動はできたわけだ。

でも、やはり1つの強みだけで挑戦するのは不安なものだ。
『コレとコレとコレなら協力できるな、その辺の一般人には負けることはないな』という技術や知識を持っていればいる分だけ、隊員として活動する際の自分の自信になる。これは事実だ。

「なにができるだろうか。。。。」ではなく、行く前から「なにで協力できるかわからん。でも、自分の強みはコレだから、うまくこの技術に引き込めるような手段を考えておこう」としている方が、より具体的に想定できるので良い。

 

技術的な側面はもちろん、精神的な側面を加味しても、自分の専門性をきちんと持っていることは大切なわけだ。
ぼくはそれを大学院で学ぶことができた。

研究をする人たちのなかではペーペーだったが、そこで積み重ねてきたものは『持続的な土壌管理』という自分の強い専門性を育んでくれた。
これに関しては、日本の農業関係者も持っていない専門性やビジョンであることが多いのでかなり強い専門性となり、実際コロンビアの配属先でもとても良い協力ができた。

 

おわりに:協力隊になりたかったのは、
自分のライフプランに区切りをつけるため

ここまで、自分の歴史とともに振り返ってきた。

ぼくのなかでは、「協力隊になる」ということはとても身近なことだった。
周りにも協力隊OBOGや協力隊ではなくとも海外で生活・仕事をしている知人が多く、青年海外協力隊に特別感は持っていなかったし、いまも持っていない。
ただの人生の選択肢のひとつである。

 

では、なぜ青年海外協力隊になりたかったのかと自問してみると、それは大学や大学院で学んだことがどれだけ途上国という現地で通用するのか、自分を試したかったからである。

これまで「途上国」を想定して学んできたことが、実際現地に入って行って、生活をしたときにどうなるのか。どう感じるのか。自分の何が強みで、何が弱みになるのか。
そういう意味で、これまでの自分を試したかった。

 

 

詳しくは次の記事を読んでほしいが、
ぼくは国際連合で働きたいと思っていたし、現地で活動を行う国際協力に自分の人間性が適しているかどうかを知りたかった。
国際協力と言っても、たくさんの種類がある。
そのなかで期間と拠点場所で考えてみると、現地に数年以上暮らして行うスタイルと、日本に拠点を置きながら年に数度現地に滞在して協力を行うスタイルの大きく2つがある。

国際協を行う上で、おの2つのどちらが向いているのかを知ることができるのは大きいわけだ。
さらに、青年海外協力隊というJICAの活動に参加するというのは、悪い肩書にはならない。
大きくプラスに働くわけではないが、ひとまず、マイナスになるわけでもない。
これがたとえば、聞いたことのない団体で、正式性の低い環境で2年間途上国に居たとしよう。
それは眉唾なイメージを与えかねない。

 

これが、ぼくが国際協力の入門編「青年海外協力隊」に参加した理由だ。


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Chaito

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