「見えないもの」が見えなくなる怖さ
ぼくは、正夢を見る。正しく言えば、小さい頃はよく正夢を見ていた。
それも何か予言性のあるものではなく、ただただ「夢で見た一場面を現実世界でも見る」というデジャヴであった。
でも、年を重ねるにつれて、大人になるにつれて、そういう正夢を見る回数が減った。
これはつまり、ぼくには未来がないということなのだろうか?
目次 Índice
見えないはずのものが見える のに正しくない
入学前に見た、これから知り合いになる同級生の女の子
中学生のころ、同じ高校に通うことになるひとりの女の子の同級生を夢に見たことがあった。
その子とは、高校生になるまで全く面識がなかった。それに、高校生になっても話したこともたぶんない。
それでも、なぜかぼくは中学生のころに、彼女と教室で談笑している夢を見た。
不思議なことに、彼女は出会う前の段階で、ぼくの夢の中に入り込んできたのだ。
でも、これは正夢ではなかった。そして、正夢にはならなかった。
夢には保証制度はないので、数十年後に正夢になるのかも知れない。
ネイマールとスペイン語で会話
コロンビアに行くために、スペイン語を勉強した。その頃は、なるべく早くにスペイン語を学習するために、夜寝るときもスペイン語を聞いていた。
コロンビアのラジオアプリがあったのだ。ただ、ライブ配信なので、14時間の時差があるコロンビアー日本では、寝る間際になって機嫌のいい曲が流れてきたりした。
スペイン語を1ヶ月くらい集中して勉強していたある日、スペイン語で会話をしている夢を見た。
このときは、夢のなかでもスペイン語を話していることをとても喜んだ!
その会話の相手が、ネイマールだったのだ。冷静に考えれば、彼の母語はポルトガル語なのだが、「コロンビアに行くなら、もしかしたらネイマールに会える可能性もあるのかも」と素直に喜んでいた。
結局、未だにネイマールに会っていない。ネイマールどころか、ハメスも、イニエスタにも会えていない。今月のコロンビア対日本の親善試合も、仕事があるので見に行けない。残念でならない。
ホリエモンからのダメ出し
この1週間以内の話だが、ホリエモンに自分の事業の評価をしてもらう夢を見た。
ぼくは、農業関係で新規就農を含め、小さくてのんびりとした事業を起こしたいと思っている。それについて考えていた夜だった。
「それで、その事業計画はいいと思うんだけど、実際何かやってるの?」
と、夢のなかで質問された。
ぼくは今、準備期間的に科学的根拠を見つけたり、似ている事業の成功例を見つけて、それを糧にしている。それしかしていない。
だから、その夢のなかのホリエモンのツッコミは心に刺さった。
「行動に移していないってことは、…………そういうことだよ」
その日は20分くらい早起きした。
正夢が見えなくなるのは未来がないから?
小さい頃は正夢を見ていたのに、最近こういう夢ばかりを見て、正夢を見なくなってしまった。
なんだか若干不安になったりする。
ぼくには未来が来ないのではないのではないだろうか?ぼくに未来がないから、正夢を見ることができなくなってきたのではないだろうか?
見えないものが見えないのは当たり前なのだが、見えないものが昔は見えていたのに、最近見えなくなると怖いものだ。
ぼくは小学生から高校生までサッカーをしていた。持っていたサッカーマンガ「ファンタジスタ」のなかに似た話があった。
ファンタジスタと呼ばれる「人が考えもしないプレーをして、観衆をワクワクさせるプレイヤー」は、一瞬先の未来が見えたりするそうだ。まわりの選手の動きやボールの通り道が見えるのだそうだ。ファンタジスタがそういうゾーンに入ると、まわりの選手はどうしようもなくなる。なぜなら、「見えないものが見えている」から。
そのマンガの中で、ひとりのファンタジスタは自身が引退した理由として、「『見えないもの』が見なくなった」と答えた。
サッカーに関して言えば、そういう常人には見えない一瞬のきらめきがあるのだろう。
ぼくも、最近「『見えないもの』が見えない」。
ま、一切悩んではいないんだけど……
LEAVE A REPLY