より良い結果を得るためには、対象者を選別することも大切
農家さん自身がさらなる前進を求め、その発展プロセスのなかで、ぼくのいずれかの知識や技術が役立つのであれば協力する。
これがぼくの基本的なスタンスだ。
目次 Índice
コロンビアでの協力隊
多くの農家さんが、多少の不満を抱きながらも、それが霞むほどの大きな幸せを感じて今の生活に満足してる。
それがここコロンビアのパターン。
だから、協力隊員特有の「協力隊らしく大活躍する」というケースは意外と耳にしない。シニアボランティアとジュニアボランティアの数が等しい(ジュニア19人、シニア20人 JICAサイト)。このコロンビアの現状を見れば、いかにコロンビアという国が進んでおり、シニアの方を多く派遣することができる生活レベルの安定性があり、より専門的な技術の需要が高いかがわかるだろう。
**アフリカにはシニアボランティアは多く派遣されない。なぜなら、より環境が厳しく、体力をたくさん必要とするからだ。
しっかりしたコロンビア人の指示のもと、環境が整った配属先である程度マンパワー的に働くことができるか。
あるいは、あまり多くを求められずに、自分なりに頑張ってみるか。
このどちらかのパターンであるような気がする。
負のインパクトを出さないように活動
幸せでいることこそが人生で最も大切なことだとぼくは考えているので、その生活を大きく変えてしまう可能性を秘めた“大きなインパクト”は直接は与えないようにしてる。
たとえば、自家消費用の作物はなるべく家の近くで育てるべきである。なぜなら、畑に足を運ぶ頻度が多く、行って帰ってくる際の所要時間を短縮できるからだ。この家庭菜園を、極端な話、家から5km離れたところに作ったとしよう。必ず、飽きる。行かなくなる。
だって、面倒だもん
このため、パーマカルチャーのように身近に必要な優先順位の高い作物・畑を、計画性をもって極力家に近い場所に設けていくべきなのである。
これは、大きな意味で、畑のデザインを意味する。農業を新たに始める(デザインする)際は、この写真のように自分の農場をデザインすることができると理にかなっているよ!ということである。無駄な移動が少なくて済む。
昔の家庭改善も、家事を行う女性の家のなかでの無駄な移動を減らすために、かまどや薪の置き場所、炊事場の位置を直線状に配置したり、極力無駄な行き来のないように配置していたそうだ。
というわけで、ぼくは農家さんにこの話を導入することを目的でしたことはない。なぜなら既に農家さんの家の周りは、コーヒーやモラ(キイチゴ)などのモノカルチャーの換金作物で囲まれているからだ。それを数十本切り倒してまで、近くに家庭菜園を作る必要があるか。それは、農家さんが決めることだが、答えは現状ノーだろう。
農家さんはまだ野菜栽培や家庭菜園よりも、換金作物を大切にしている段階だからだ。
物事にはなんでも順番がある。
もしちょうど良いタイミングで、コーヒーの植え替えの時期が来れば、農家さんもすんなりとその農場デザインを採用してくれるかもしれない。
だからこそ、農家さんごとに別々にやってくるその好機を逃さないために、本や冊子で「彼らがやりたくなったタイミングで役に立つもの」を作る必要があるのだ。
協力隊が活動できる2年間でそのシチュエーションに出会わなくとも、5年後、10年後を見据えて、農家さんや同僚が行き着くであろうビジョンを自分なりに観察から導き出して、彼らの歩みに少しスパイスを入れることで協力し続けたいのだ。だから、ぼくは物書きにもとても力を入れている。
実際に足で稼ぐことも大切だが、協力隊員が足を運ぶことができるのは2年間という期間限定である。効き目の強い特効薬のようなものだ。常に飲むわけではないし、たまに飲むからよく効くモノだ。飲みすぎれば、効き目は薄れ、もっともっと飲む必要が出てくる。それが、援助慣れだ。自分の免疫を高めることが大切なのに、外的なモノに依存してしまう可能性を秘めている。
ぼくは活動はしっかりやっている。
同僚が根拠や計画のない手順で物事を進めても、「被援助国のコロンビアでは、僕たちが金銭的に支援するとこういう感じで物事が進んでいくのか」という学びにするのみで、基本的に彼らなりの最善の方法に口を出すことは少ない。ほとんどない。
「こうしたら良いんじゃないかな」というのはもちろん伝えていた。
ぼくは『ぼくなりにがんばってる」だけで、積極的なひとは、もしかしたらもっと積極的に組織の改善にも取り組むことだろう。
でも、ぼくは自分のやり方や立ち回りは間違いではないと考えている。少なくとも、失敗ではない。
伝えたものや導入した技術が、過不足なく100%伝わっているわけではないが、生活や家計を害してしまうような可能性を秘めた協力はしていない。
ミミズコンポストや畝作り、テラスづくり、有機物マルチなど、無料で始めることができて最大の成果を得られる技術を導入できている。
援助後にランニングコストが発生するような爆弾を、農家さんにプレゼントすることもない。
”貢献感”で満足。幸せを感じてる
「相手の生活を改善したい」というのはエゴである。
これは、自分が相手を思い通りにコントロールしたい感情から出てきているだけだろう。
自分の理想的な発展を、相手が遂げてほしい。自分が2年間でやってきた協力隊の活動を、帰国後に誰もが賞賛するようなわかりやすい形にしたい。
言うならば、派遣前に日本で思い描いていた理想を、現実に押し付けようとしている。
「改善したい」と思うのは対象者本人であって、他人が「相手を改善させたい」と考え、行動するのは少なからず自分のエゴが入ってしまう。
私たちが干渉することができるのは「貢献感」という自分のなかのモノだけであって、その貢献を相手がどう受け入れるかは相手側が決めることだろう。
だから、
「○○で協力してみた。そしたら、相手がぼくのそのアイディアを採用してくれた。少しは、彼らの役に立つことができたかもしれない。うれしいな♪♪」
ぼくはいつもこうに考える。
ワークショップもそう。
僕はその技術が素晴らしいものだと思って、ワークショップをわかりやすく、トライしやすくなるように教えているつもりでいる。
でも、「これはやらなきゃ損だよ!!!」という悪徳な口コミのように、相手に強要したり、反骨心を煽るようなことは絶対にしない。それは相手が決めることだからだ。
もしその技術がそれほど素晴らしい技術なら、それをやってみると何がどう良くなって、どういう負の可能性も備えているのかを、わかりやすくきちんと説明する必要があるだろう。
『素晴らしい』と思うなら、思うなりの理由を体系的に説明すればいいだけだ。それでだめなら、需要がなかっただけだ。もしかしたら、数年後に役立つかもしれないけど。。。(そのための冊子づくり)
しかし、ぼくも協力隊に来てから初めて思ったが、「日本で想像すらできなかった未知の世界における活動の理想を、派遣前にいくら思い描いていても仕方ない」と思う。これは自分への教訓でもある。
たとえばぼくの場合、農家さんと働くことは要請内容(A41枚)を読んで、派遣前からわかっていた。
なんとなくわかったつもりでいたし、自分なりに派遣先のいくつかのレベルを想定して、いろいろなパターンを用意して、自分の強みとして協力できそうないくつかの技術やアイディアを用意していた。
でも、そんなのは派遣されて、実際に見て、話して、観察して、希望を聞いてみないとわからない。わかりっこない。現地に行って、初めて“協力”することができるのだ。
任地でどういう道を毎日歩いて職場に行くことになるかを、派遣前に明確にわかるひとはいるだろうか?
いるはずがないだろう。
結局決めるのは相手なのだから、相手が選ぶなら良し、選ばないのならそれもまた良し
「誰かに貢献したい」という気持ちは役にたっても、「改善しなくてはいけない」という強迫観念的な、対象者の気持ちや生活・技術レベルを無視したことをやっても仕方ない。
もちろん、農家さんから明確に「有機肥料を作りたいんだけれど、手伝ってくれ」と協力を依頼されれば、それはその現状から抜け出れるように努力しなくてはいけないだろう。それはそのニーズがあるということだから、喜ばしいことだ。
それでも、『協力隊がいる期間はうまくいっていたのに』となっては、それは勿体無いし、自己満だろう。
僕は協力隊期間後も、配属先やコロンビアの人たちと交流やビジネス的なつながりも持ち続けたいと考えているから、なおさら、「ジュンペイが帰った後、ミミズコンポストなんて誰もやってないよ」なんていう状況を目の当たりにしたくはない。
ぼくが有機肥料の作り方を教えても、それがぼくがいなければできないレシピだったり、入手困難で高価なものを利用していたら長続きすることはない。
結局のところ、最終的には相手に任せることになるのだから、相手の自助努力精神を育てなけてはならない。これが、協力隊の活動でもっとも大切なことだと思う。彼らが彼らなりに、彼らの理想に向かって歩みだし、その理想にたどり着くために少し協力してあげる くらいの感覚だ、ぼくは。
対象者をふるいにかける
ひと通り全員に説明、教えてみて、その後時期を開けてから、生き残ったひと(実際に実践してるひとなど)に重点的にその技術を教え込んでいく ということも大切だ。
ぼくは最初、プロジェクトの全農家90農家に協力したいと思っていた。
しかし、実際、週に2、3日しか農村にいけないとすると、プロジェクトの対象農村7つに行くことは、時間上・資金上の制約があった。
だから、活動8ヶ月目あたりで一度全農村でワークショップを行い、自分が協力できることとその方法を話した(宣伝した)。
そこで一度網を仕掛け、そのあとにその網の上に残ったいくつかのやる気のある農家さん(興味を持ってくれた。利害関係が一致したひと)に協力することで、それをモデルとすることにした。
1年9ヶ月目の今となっては、このようなことをもっともらしく説明することができるが、その道を走っているときは目の前に見えている道を走ってきただけだ。この記事を書くことで、ぼく自身も頭のなかを整理できている。ありがたい。
このやり方で良かったんだと、今となっては思う。
90農家全てに均等に力を注いでも、10%(ちょびっと)しか関われないが、関心のある人を対象に10人20人ほどにしぼれば、モデルを作ることができ、それはさらに残りの農家さんの参考にもなる。ひいては、プロジェクト対象外だけど、同じ農村に住んでいる農家さんの役にも立つだろう。
もちろん、職種や配属先の違いを必ず考慮しなくてはいけない。
専門的な職種とコミュニティ開発や環境教育、青少年活動では大きく違ってくると思う。
これらの職種は、何もないところから何かを生み出したり、繋がりをつくることが仕事になるからだ。0から創る職種だ。
それは、特定の専門的な技術を求めて要請を行ったわけではなく、いわゆる”よそ者の視点”を大切にしたものだ。内側からは気づけない部分を、外側から見ることで、新たなポテンシャルを見出し、それを組織化し、強化する活動になるのだろう。
小学校教育や算数教育では、「算数の授業」というとても具体的な活動テーマが決まっている。
一方で、コミュニティ開発は「この地域の強みや弱み、ポテンシャルは何か」を調査するところから始めざるを得ない。それを理解するには1年2年でも足りないのかもしれない。ましてや、全てのコミュニティ内の人の賛同を得て、仕事を進めていくのは難しいだろう。
配属先によっては、要請内容と全く違うことをやらされたり、要請自体がなくなってたりする。派遣された次の日に、「いや、そんなボランティアが来るなんて知らないけど」と言われれば、出鼻を挫かれること間違いなしだし、「何のために来たのだろうか。。。。。」と感じるだろう。しかし、2年間働かなくてはならない。メンタルは相当鍛えられるだろう。
これらのことから、任地に行ってみないとなにもわからないのだ。カウンターパートになるひとによって変わるだろうし。誰かと常に一緒にいると、そのひとの影響をかなり強く受けるものだ。
この点で、新規隊員よりも、交替隊員は配属先や活動の下地があるからオススメできるかもしれない。
(ちなみに、ぼくは前任の隊員と比較されるのが嫌、苦い経験をしたい という理由で新規隊員を望んでいました。笑)
新規の1隊員がゼロから2年間で築き上げられるものは、想像よりも少ないと思う。だから、技術的指導などの面でたっくさん比較されることはないから、心配いらないだろう。むしろ、人となりを比較される可能性は十分にある。
ぼくはそれほど積極的に発言したりはしてないので、次に同じ配属先に来る人が明るく、自己主張をとても良くする人が来れば、必ずぼくと比較して褒めてもらえると思う。ぼくは冷めた人間なので。。。笑
ということは、ぼくの前にそのような明るく積極的なひとが前任で働いていたら、ぼくはとても肩身がせまかっただろう。
たらればの話ですけども…… 笑
おわりに
残り3ヶ月ほどで、農家さんが徐々に実感してきている技術的な“気付き”を補強して、理由付きの技術として定着していってほしいと思っている。
ぼくができるのは協力だけで、ぼくが彼らの人生の主人公になることはない。主人公の彼らが求めるのなら、そうなるだろうし、求めないならそれもそれで彼らにとっては正解なのだ。
ぼくが主人公の人生では、このような協力隊員としての現場での国際協力の学びと経験を、本や映画などのハイライトで短くプレーバックできるものではなく、自分の目と肌と時間で感じることができて嬉しい。悩むことももちろん多いけども。。
そして、これからの自分の人生のなかでも常にコロンビアと関わっていきたいと思う ことができたこと。
これこそが、ぼくが青年海外協力隊に参加して、コロンビアで活動していて得ることができた最大のプレゼントなのだと思う。
Chao
**記事はすべて、個人の見解に基づいて書いています。
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