修士卒ストレートで協力隊に参加した理由と今感じること 野菜栽培隊員編

修士卒ストレートで協力隊に参加した理由と今感じること 野菜栽培隊員編


昨日の記事もそのままに,いま書きたいことを書きます

 

ここ最近,広報のためというか,自分のこの2年間を正当化するためというか,記事の投稿を依頼されることが増えてきました.
もともと文章を書くのは好きで,それを読んでもらうことも好きです.

読んでもらいたいから,書くのが好き と順のほうが正しいかもしれませんね

それで配属先に寄贈する用の文章もテーマ6つ書いています.
活動も徐々に農村に足を運んで家庭菜園づくりを手伝う段階から,物書きをして,今後末永く使ってもらうような段階に入りました.1年9カ月経ちましたからね.

 

 

 

さて,今回は協力隊に参加してどうなのかということです.
何ができて,何が足りないのか じぶんは

 

協力隊に参加するタイミング

農学部の大学を出て,土壌について詳しく知るために大学院の修士を出ました.
その後,間髪開けずに青年海外協力隊の野菜栽培隊員に応募し合格.
駒ケ根訓練を経て,コロンビアにやってきました.

青年海外協力隊ってJICAのひとつの事業なので,意義はしっかりと定義されています.
しかし,応募して,協力隊になりたいという人の動機や2年間にかける想いというのは人それぞれ違います.
当然のことですが

ぼくは,20歳のときの学部生在学中,22歳の学部卒業後,24歳の修士修了後の3回応募するチャンスがありました.
また,24歳で修士を修了した後,すぐに協力隊に応募せず,数年間の社会人経験を経たのちに応募するという選択肢もありました.それを選びませんでしたがね

では,なぜこのタイミングを選んだのかということです

簡単に言ってしまえば,
「世界を知るなら早い方がいい」と思ったからです

 

ぼくは
大学で国際協力の学部に入った時点から協力隊に行くことは決めていました,自分の人生のなかで.
人生といっても,18~30歳までの人生設計のなかでの話です

応募資格は満20歳以上ですから,必然的に学部1年,2年生のときは対象外

そのときには,すでに職種は野菜栽培隊員か村落開発隊員(現在のコミュニティ開発隊員)だろうと思ってました.

学部3年になり,ゼミに所属すると,研究の楽しみを知りました.
そのころの研究なんて,研究と胸を張って呼べるものではなかったですが,自分の知的好奇心を満たすために時間をさけることがこれほどにもおもしろいことなのかと熱中したほどです.

興味があることを,自分で考えて自分で進めることができる.
そして,その先に(自分のなかでですけど)社会貢献できるビジョンを持てるということが,そのときのモチベーションを後押ししてくれていました.
それが,コロンビアでも僕の主要な活動になっているミミズコンポストという,ミミズを利用した有機ゴミ(生ゴミや家畜糞)の有機肥料化です.

東日本大震災が3年生のころにおき,再生可能エネルギーが注目された時期でもあったので,それらに浮気をした時期もありました.

しかし,再生可能エネルギーが全面普及したあとに,本当に環境にやさしい社会が生まれるのかといわれると,僕のなかでの答えは NO だったので,より自然の営みに沿ったミミズコンポストに帰ってきました.

当時は20歳21歳なりによく考え,ギラギラしている時期でもありましたが,自分の技術や性格,経験が「途上国の人の役には立たない」,「こんなことで協力できますよ!! と胸を張って宣伝することができない」レベルだったので,大学在学中・卒業後に行くことはやめました.22歳のころでした.

ちょうどこのとき,ミミズコンポストとか自分が協力できそうな内容の要請が出てなかったんですよね.それも大きな要因です.

あくまでも,じぶんが力になれる要請に応募したかったんです.

それで進学しました.

いまの日本社会はその風潮が和らぎましたが,
新卒というレッテルを優遇する社会なので,大学や大学院に籍を置いたまま協力隊に行くこともひとつの効果的な戦略です.
何人か知り合いでもいますね,学部4年で来てたり,修士に籍を置いてきてるひと

修士ではじぶんの知りたいことを研究できましたし,ぼくがミミズコンポストという狭い技術にこだわっていたのを,より広く「農業全般におけるミミズの働き」や土壌の重要性・守り方を多角的に知ることができて正解でした.
周りの人の助言や生きざまがあっての成功でした

さて,いよいよ協力隊に応募する時期になりました.修士2年になりました.
ぼくは就職を考えたことがありませんでした.

そして,協力隊に応募する(正しくは協力隊の要請に応募する)ときに,落ちる気は全くしなかったです.
応募者の中で,自分がその要請内容にもっとも合致しているという自信がありました

そのときは社会人経験がないことを気にしたこともありませんでした.

なぜなら,もともと国際協力をいずれかの形で目指していたので,なるべく早めに自分の適性を知りたいと思っていたからです.

社会人は3年でようやく1人前  と言います.

修士を修了して3年間経つと,27歳くらい

27歳から2年間協力隊に参加すると帰国は30歳の年

JICAの国連ボランティア制度を利用できるのは35歳まで

このように協力隊で良い成果をあげるために3年間の社会人経験を得るというのが,僕の考えとは合いませんでした

きっと,社会人経験を持っていても,派遣先や要請内容によっては役に立たないこともあるでしょうからね

それならいっそのこと,
すぐに協力隊に飛び込んで,そこから得られた経験や苦節を自分の将来に活かす

こっちのほうが,ぼくの考えにスッとフィットしました.

 

このシナリオ(現在のぼく)だと
協力隊から帰ってきたときに26歳
そこから,自分の人生に余裕を持って,協力隊での経験を活かして進路を選択することができる.

国際協力の道に進むのであれば,国連機関で働いてみたいので35歳をひとつの区切りとして考えました.
40歳くらいまででしょうか,自分がやりたいことを追い続けることができるのは

人生は冒険とはいいますが,なかなかね

 

 

協力隊に参加している今感じる、「このタイミングが最適だったのか?」という自問

さて,いまぼくが協力隊として感じること.
それは
1)長期期間海外に滞在して,協力し続けることには向いていないな
2)社会人経験があったら,もう少し対応できたのかな

という2点です.
技術的なことは協力できています.が,学部卒業直後にこの要請でコロンビアに来ていたとしたら,協力できたことは少なかったでしょう.科学的なモノに裏付けされていない,本の内容を鵜呑みにして,コロンビア人にどや顔で助言していたかもしれません

また,修士生のころには性格が丸くなっていたので,学部生のころの人に噛みつく感じの荒捜し大好き人間ではコロンビアを楽しめなかったでしょうね.

これは,協力隊どうこうというよりかは,自分の内面的な変化の問題です.

 

 

1)長期期間海外に滞在して,協力し続けることには向いていないな

ぼくはあまりひとと深くかかわるのが得意ではない.
感情を表に出したり,喜ぶを体で表現することが苦手です.
すかしているタイプってやつです.
何事も理性的に判断したがる.

べつにそれが悪いことだとは思っていないけれど,もう少し陽気に軽快に生きていけたらな と思って,コロンビアに来たことも事実です.
自分のなかの自分像が完璧主義的な感じで,自分で自分の首を締めるのが好きなので 笑

ぼくの場合は,半年~1年間くらいで新しい関係が熟成されます.
仲良くなって打ち解けて,そのひとに協力できるまでにそのくらいかかるということです.
だから,2年という期間は少し長いです.
もちろん対象者がたくさんいれば,その分の時間が必要になりますが..

また,国際協力というのは自分主導でなく,相手主導で行っていくものだと考えているので,
自分のペースで相手を振り回さず,相手のペースに飲まれます.

協力隊に参加しているひとや参加しようとしているひと,これを読んでくれているひと中には,
「いや,自分から積極的にいきなよ」と思うかもしれませんが,

まぁ実際自分なりに積極的にやっていますが,ぼく自身本質的には「相手のペースで」「相手のニーズがあれば」というスタンスです.

それで,自分の青年海外協力隊経験を活かすことや,今後もコロンビア人やインドネシア人のひとたちと交流を続けていくことを考えると,

長期期間その国でなにかをし続けると,自分から伝えることができる情報がとても限られてしまうので向いていないな と気づきました.

たとえば,ゴミをポイ捨てしないことを教えるのって難しいことだと思いますか?
周りのひとが当然のごとくゴミをポイ捨てしていて,街や道にゴミが落ちていることが平常化している環境で,それが当たり前だと思って疑わないひとに対してどうしますか?

想像以上に難しいことですよ
もちろん,意識というのは伝播していくものなので,徐々に変わることは事実です

でも,ぼくはもう少し日本を肌で感じてほしいなと.
日本にその人たちを呼んで,彼ら自身に日本のことや日本の技術,雰囲気を味わってほしいなと.

もちろん,日本に来れるひとというのは金銭的にも,意識的にもとても限られています.
特にぼくが呼びたい農家さんなんかは,そもそもコロンビアでも収入が少ないのに,日本に来ることはなかなか困難でしょう
だから,そのようなシステムをつくれるようにしたいなと.

一番簡単に思いつくのは,自分で事業を起こして,そのような国際協力のシステムをその事業の一部にすることでしょう

ぼくは,コロンビアのNGOで働いているので,そういう風なつながりをつくることも難しくはないかなと思ってます.

18歳から現在の26歳まで,8年間という長くはない期間ですが,僕の人生のなかでは大きな部分になるで,『国際協力』という部分はこれからの自分の人生でも常に持ち続けたい大切な部分です.
国際協力というとなんかご立派ですけど,「友人を助けたい」って感覚です.
助けるというと上から目線な響きですけど,手助け的な感じです Apoyoです
対等な関係でね

 

2)社会人経験があったら,もう少し対応できたのかな

ぼくはストレートの修士卒で,協力隊に参加しています.
そのため,「日本社会でもまれたことがあるひとなら,どうするのかな」とか考えがちです.
それを言い訳にするというか.

僕は今すぐにでも働きたいんです.
というか,働くことに幻想を抱いている感じです
コロンビアでも働いているんですけどね

いま配属先のNGOで,組織の改善や仕事の効率化に着手しているんですけど,日本で働いた経験があればそういう事例も実体験で知っているはずでしょうし,働いていた会社での日本人の働き方といまの(僕の場合はコロンビア人の)働き方を比較することもできます.

この点はちょっとしたジレンマですね.
今のタイミングで協力隊に参加したことを後悔しているわけではないですし,正しいと思ってますが,「社会人経験があったらもう少し心の持ちようが違うものなのかな」って思います.

『それは,社会人経験の有無ではなくて,個人の性格によるものだよ』という助言をもらうことが多いですけどね.

協力隊に参加していると,協力隊のなかでも年上の隊員であったり,シニア隊員であったり,JICA事務所のひとであったり,いろいろな先輩と出会い,話す機会がでてくるので,そういう経験はとても貴重です.

上下関係のないコロンビア人でもそうですが,やっぱ年上でも年下でもおなじ人間なんだな と感じます.

 

 

 

 

ほかなにかあるかな~~

 

こんな感じかな

 

 

 

協力隊に応募したい人は,自分が行きたいと思ったタイミングで応募することですね.

それが何よりも大切な気がします.

 

 

協力隊に全く同じ境遇の人は存在しない。唯一無二の存在に、比較対象はない

協力隊と一言で言っても,任国も職種も年齢も違います.

たとえば,僕の例で言えば,
コロンビアで50人くらい協力隊のひとが活動していますが,
青年海外協力隊の野菜栽培隊員というのは僕一人です.

 

コロンビアでとても活動がうまくいっている人がいても,それは職種が違うことなので,「同じではない」んです!
ぼくたちは職種に応募しているので,たとえば野菜栽培隊員とコンピュータ隊員を比較してもナンセンスな話なのです.特に,職種によって得られる成功のスパンがちがったり,対象が違うので目に見えるもので比較しても意味がないのです.

サッカー隊員がいたら,きっとコロンビアでは人気者でしょう.
なぜなら主な対象が子どもですから.
良い写真を撮れるでしょうし,その成果が現れるのも早いでしょう.
試せるスパンも短いですしね.

学校の先生もそうかもしれませんね.
教壇に立つ機会が毎日あればそれ相応に,短いスパンで反省や改善を行うことができるでしょう.
「子どもにわかりやすい授業を行う」という明確な目標があれば,先生も同じ方向をむきやすいでしょう

 

一方で,コミュニティ開発,環境教育,野菜栽培などは成果を確認できるまでのスパンが長いので,明確な成果が見えないまま終わりになってしまうかもしれません.
種を蒔いたまま,任国を去り, 芽が出て,実を結ぶまでの光景を見ることができないというのがザラです.

単純に考えてそうですよね.

職種が違うとこうも違うんです.

 

 

だから,たとえば,隣町にとても成功しているコンピュータ隊員さんがいたとしましょう.なにもかもが順風満帆で,職場でもしっかりと明確な仕事が与えられ,友人も多いと.

でもそれは野菜栽培隊員のぼくには全くご縁のないことです.なぜなら,ぼくはコンピュータ隊員ではないのですから.
その要請の存在さえも知らなかったわけですし,もしてや野菜が専門のぼくがコンピュータ隊員になることなんてできないんです.

だから,隣町だろうと,なんだろうと気にしては仕方ないんです.
その要請は唯一無二なので,比較にすらならないのです.

 

協力隊のひとのはなしをきくときは,必ず「ひとつの参考にする」ことです.鵜呑みにしてなどいけません。
それが直接的に役に立つことなんてありません.

全く同じことが身の回りで起きることはありえませんからね

 

 

まとめ

協力隊には協力隊でしか得られないものがあります.
それは同じ協力隊員であろうと,全く違う活動・生活をしているので,同じ経験にはなりえません.

「みんな協力隊になったほうがいいよ」ということもありません.
協力隊に興味がある人が参加してみたらいいと思います.
そこで,もしかしたら派遣国のことを大好きになるかもしれませんし,嫌な思いをするかもしれません.
それは誰もわかりません.

それでも,僕は協力隊に参加してよかったなと思います.
いろいろな人と出会い,自分の壁と出会いました.

ひとつのモノを見ても,人によって感じるものは違います.
なかにはそういう価値観を無視して,人の人生に口を出したがる人もいます.
が,最も大切なことは自分が幸せを,満足を感じることのできる選択をすることでしょう.

 

 

協力隊員を応援したいと思ったときの注意点

ときどき協力隊の人に対して,慰めの言葉のつもりか何かで
「2年間という短い期間で人を変えるのは難しいよね」という類の言葉を目にします.

冷静に考えて,その言葉は協力隊の活動自体を潜在的に否定しています.
我々青年海外協力隊で派遣されている人は,2年間という限られた期間のなかで可能な限りの努力で,そのひとなりに最善を尽くして協力を行っています.
ハード面の援助ではなく,ソフト面の援助です.

そのうえで,「2年間では何も変わらないよ」という言葉は,それは断片的な情報から判断した””事実のようなもの””なのかもしれません.
それはある意味心理なのかもしれませんが,協力隊の根本的な意義自体を否定しかねません.

気をつけましょう

 

私たちは,日本のみなさんの税金で成り立っている国際協力の一部の上で活動しているのです.
協力隊員も謙遜するのではなく,「こういう点で貢献できたし,自分のこういう点を知ることができたよ」と胸を張って伝えることも大切なのかもしれませんね

あと,3か月頑張ります
協力隊の任期が終わるころには,もう少しきちんとまとめたものを書きます

 

 

 

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Chaito

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